イトウ保護連絡協議会

Japanese Huchen Conservation Network

陸上自衛隊矢臼別演習場の砂防ダム問題

矢臼別演習場・別寒辺牛川水系土砂流出対策等検討委員会/矢臼別演習場・別寒辺牛川水系土砂流出対策等検討委員会事務局『矢臼別演習場・別寒辺牛川水系土砂流出対策等に関する中間調査報告書【概要】(案)』(第5回矢臼別演習場・別寒辺牛川水系土砂流出対策等検討委員会・討議資料、平成16(2004)年7月6日)より抜粋

(前段は省略しています)

4 現行計画の評価

4.1 流域特性を踏まえた現行計画の評価

 矢臼別演習場においては、自衛隊の訓練により演習場内の土地が荒廃・裸地化するなど土地の形質に変化が生じていたところ、さらに米軍による射撃等の実施を伴う訓練が新たに加わることとなった。このため演習場下流域の厚岸湖・厚岸湾を漁場に持つ地元が、米海兵隊の演習によって弾着地の新規拡大化と装軌車両の走行等による泥濘化によってもたらされる土砂流出に伴う汚濁に対して、漁場の保全上から土砂流出対策の実行を強く要望された。これを踏まえ、当該土砂の流出による下流の水質を汚濁させる等の障害を防止・軽減するため、旧建設省で定められた「河川砂防技術基準(案)」を参考とし、演習場内の別寒辺牛川支流であるトライベツ川、フッポウシ川、西フッポウシ川にそれぞれ1基、土砂流出対策の基幹的な配置である演習場と民地との境界に緊急安全弁としてのダムを計画、建設することとした。
 一方、別寒辺牛川水系の流域は、北海道東部根釧原野の火山灰に覆われた穏やかな起伏台地及び丘陵地に位置し、調査から演習場内で生産される土砂の粒度組成は、トライベツ川、フッポウシ川及び西フッポウシ川3支川とも粘土、シルト分がほとんどである。このため、この土砂が河道に入った場合は、その大部分が浮遊砂もしくはウォッシュロードとしての流下形態を取ることが考えられる。ただし、トライベツ川流域ではフッポウシ川及び西フッポウシ川流域と比べ、粗い成分がやや多いため、大規模な降雨があった場合、粗い成分が流出することも予想される。
 一般に土砂流出対策を目的としたダムは掃流砂を貯留する機能を有するが、トライベツ川に設置したダムのように緩勾配で堆砂域が広い場合には、急勾配で堆砂域が狭い場合に比べ、湛水による浮遊砂の貯留効果は期待できるとも考えられるが、効果の度合いについては明らかにされていない。
 また、演習場内の弾着地や装軌車等の走行等による荒廃地等では凍結融解や降雨による表面浸食により土砂生産が行われ、荒廃地等の周辺には不安定土砂が堆積し、大規模な降雨出水期には順次下流側へ土砂が移動することも予想される。
 このため土砂流出防止の基本的な考えは、まず河道に到達しないように土砂生産源近傍で土砂の流出を抑制せざるを得ないと判断される。

4.2 既設魚道の機能評価

 魚道における条件設定すなわち移動時の遊泳力、遊泳形態等については明らかにされていないため既設魚道の機能評価を行うにあたっては、実際にイトウが遡上・降下するかについて調査し、検討する必要があることから、平成15年度から調査を実施しているところである。この調査結果から現段階での既設魚道の機能評価を以下に示す。
 これらの調査では、既設魚道の下段を使ってイトウ親魚が遡上すること及び稚魚が降下することが確認され、既設魚道の下段ではイトウの遡上及び稚魚の降下は可能であると判断される。
 しかしながら、これらの魚道機能調査では、既設魚道下段に関する機能評価は可能であるが、中段・上段の機能については現状での評価は困難である。イトウの遡上・稚魚降下調査から、既設魚道の下段を使ってイトウが遡上すること及び稚魚が降下することが確認されたが、将来土砂の推積により下段の魚道出口が閉塞し、中段・上段に移行した場合の魚道機能については疑問視される。すなわち、ダム上流に粗粒の火山堆積物が堆砂すると、河川水は浸透し、魚道の機能維持に必要な水量や魚道への導水の確保が難しくなる、また、中段・上段では魚道長が長くなるため、イトウのような遡上をあきらめる性質がある魚類は遡上しなくなるとの意見も示されている。
 したがって、将来の土砂堆積により下流の魚道出口が閉塞し、中段・上段に移行した場合にもイトウなど魚類の生息環境に支障がないよう施設の改修を検討していく必要があると判断される。

4.3 トライベツ川ダムに関する評価

 トライベツ川ダム設置による水質や水温の変化が魚類の生息や自然環境に及ぼす影響、そしてダム設置に伴う河床洗掘による別寒辺牛川中下流に広がる別寒辺牛湿原の形成や厚岸湖および厚岸湾の漁場への影響が懸念されるとして実施した各調査(平成15年4月~平成16年5月)においても、今のところ顕著な変化は確認できない。
 しかしながら、演習場内の弾着地や装軌車等の走行等による荒廃地等では凍結融解や降雨による表面浸食の土砂生産が行われ、演習場内の荒廃地等の周辺には不安定土砂が堆積し、出水期には順次下流側へ土砂が移動することが予想される。
 トライベツ川ダムの堆砂量調査では、平成14年7月のダム本堤工完成から平成16年5月の調査時までの約1年10ケ月間(この期間中の最大日雨量は70mm程度で2年超過確率以下)で、約330m3の堆砂(堆砂域上流の粒度分布は、掃流砂75%、浮遊砂25%、ウォッシュロード0%)が認められ、計画規模相当の降雨時(日雨量163mm、50年超過確率)には土砂が流出することが予測し得る。
 一方、別寒辺牛川はイトウが安定的に繁殖している河川と見られ、将来土砂の堆積が進めば、既設魚道の機能評価から、イトウの遡上・産卵にも支障を与える可能性もあるため、イトウなどの生息環境保全に配意した施設への改修を検討していく必要があると考えられる。
 環境保全とトライベツ川上流域では微増ではあるが荒廃地が拡大していること、また、トライべツ川流域の生産源土砂の粒度(1mm以上の掃流砂約10%)がフッポウシ川及び西フッポウシ川流域(1mm以上の掃流砂ほとんどなし)に比べ粗い成分がやや多いことから、大規模な降雨があった場合、掃流砂成分も流下してくる可能性を考慮して、ダム堆砂域を掃流砂の一時堆積空間として土砂捕捉効果を残しつつ、ダム上下流の落差・分断を回復する改良方法について検討していくこととする。

5 新たな土砂流出対策の検討

 約1年にわたる各種調査結果及び検討等から、本流域に係る演習場内の土砂流出対策の今後の方向性等についてとりまとめると次のように考えられる。
・別寒辺牛川水系の土砂流出対策については、各流域の土砂流出・生物(特にイトウ)生息環境に十分配意すべきと考えられる。
・トライべツ川ダムについては、新たな土砂生産源対策とイトウなどの生息環境保全に配意した既存施設の改修を検討することが必要と考えられる。特に、環境保全と施設機能確保を両立させるため、ダム上下流の流水の落差・分断を回復する改良方法について具体的な検討が早急に必要と考えられる。
・現在計画中のフッポウシ川、西フッポウシ川流域の土砂流出対策としては、水辺環境を保全し、演習場としての機能を損なわない土砂流出対策として、生産源対策を含めた新たな対策工法の検討が必要と考えられる。

6 今後の課題

 今後の課題については、平成15年度に土砂流出実態を把握するための流量、濁度、流砂量観測を実施したが、観測期間中の最大日雨量(71.6mm)の確率規模は約2年程度であったため、顕著な土砂移動現象が確認されておらず、計画規模相当の降雨(50年超過確率日雨量163mm)における流出土砂量を想定することは困難性を伴うが、各種予測法により想定を試みる必要があると考えられる。
 なお、流域が同様の丘陵台地に囲まれている釧路湿原の河川において、降雨時の濁度を観測しており、そのデータからは小雨時には濁度が低いが、大雨時には濁度が急激に増大していることから、別寒辺牛川水系においても降雨と土砂動態との関係を把握するために今後も土砂移動モニタリングを実施する必要があると考えられる。
 また、流域としての土砂収支バランスを図るためには、上記にあわせて現在実施中である調査により、河道周辺の湿地における土砂滞留効果(バッファー効果)、リファレンスとの比較分析による過剰流出土砂量を把握するなど、長期的な検討を行わなければならないと考えられる。
 さらに、演習場内からの土砂流出に伴う汚濁や既設ダムがイトウなどの生物生息環境に及ぼす影響を把握するため、引き続きモニタリングを実行していく必要があると考えられる。
 なお、上記課題については関係機関との協力の下に実施していく必要がある。